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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1288号 判決

原告

長野弘明

右訴訟代理人弁護士

大塚達生

被告

株式会社メデューム

右代表者代表取締役

田中昇

右訴訟代理人弁護士

山岸洋

上田正和

主文

被告は原告に対し、一三九万九六〇〇円及びうち五九万四六二五円に対する平成六年二月一一日から同年四月八日まで年六パーセント、同月九日から支払済みまで年一四・六パーセント、うち六万円に対する同年四月九日から支払済みまで年一四・六パーセント、うち二六万二五〇〇円に対する同年七月一一日から支払済みまで年一四・六パーセント、うち四八万二四七五円に対する同年一〇月一一日から支払済みまで年一四・六パーセントの各割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、不動産仲介業者である被告に勤務していた原告が未払歩合給等の支払いを求めたのに対し、被告は、原告は定められた仲介業務をしていなかったから右歩合給等の支払義務はないと争っている事案である。

一  争いのない事実

1  雇用関係

原告は、平成五年八月一七日、宅地建物取引業を営む被告会社に雇用され、以来、不動産営業に従事し、平成六年四月八日に退職した。

2  原告の賃金構成

営業社員給与規定(〈証拠略〉)によると、営業社員の賃金は、固定給、歩合給及び報奨金の三つによって構成されており、賃金の支給形態として二つの方式、すなわち、「A」方式と「B」方式とに分かれており、「A」方式は、固定給が二五万円、歩合給が売上高(但し、消費税分は含まれない。以下、同じ)に関係なく一律一〇パーセントとなっており、「B」方式は、固定給が一〇万円、歩合給が売上高に関係なく一律二五パーセントとなっている。

原告の賃金は、右「B」方式によって月末締めで翌月一〇日に固定給とともに支払われることとなっていた。

3  歩合給の支給条件

被告の「社内通達」(〈証拠略〉)によると、営業社員が仲介行為によって契約を成立させた時には、契約伝票(契約一本につき一枚)を作成し、入金した時には入金伝票を作成することとなっており、手数料等の入金がなされ、当該支給対象契約の停止条件が解除された場合には歩合給支給条件に該当したこととなり、この場合には「歩合給計算書」を管理職・専務・社長の捺印の後に業務部に提出することとなっている。

4  平成六年四月分の賃金からの六万円の控除

被告は、原告に対して支払うべき平成六年四月分の賃金のうちから六万円を控除して支払った。この控除につき、被告は、業務用として原告に乗用車を貸与していたところ、原告はこの乗用車に損傷を与えたので保険の免責限度額の五万円に一万円を加算した六万円を損害金として控除したと主張している。

二  争点

1  未払歩合給の存否

原告は、定められた仲介行為をしたか否か。

2  賃金のうちから損害金を控除することの可否

第三争点に対する判断

一  城西商事株式会社(売主)と西村喜能・西村雅夫(買主)との土地売買契約及び建物建設工事請負契約(以下「本件甲の契約」という。)の仲介について

1  本件甲の契約の成否と仲介手数料の支払いについて

本件甲の契約は、原告の仲介行為によって成約するに至ったか否かについては争いがあるものの、平成五年一一月三〇日成立したことは争いがなく、また、原告は、営業担当者として、本件甲の契約のうちの土地売買契約についての仲介手数料として、右同日、城西商事株式会社から一三八万二二六〇円(但し、うち一三四万二〇〇〇円が仲介手数料分、うち四万〇二六〇円が消費税分)を、右売買契約の決済日である平成六年一月三一日に支払う旨の被告宛の支払約定書の交付を受け、西村喜能と西村雅夫から二一三万五一九〇円(但し、うち二〇七万三〇〇〇円が仲介手数料分、うち六万二一九〇円が消費税分)のうち一〇六万六五〇〇円(但し、うち一〇三万六五〇〇円が仲介手数料分、うち三万円が消費税分)については右契約締結日である平成五年一一月三〇日に、うち一〇六万八六九〇円(但し、うち一〇三万六五〇〇円が仲介手数料分、うち三万二一九〇円が消費税分)については右決済日である平成六年一月三一日に各支払う旨の被告宛の支払約定書の交付を受け、本件甲の契約のうちの建物建設請負契約についての仲介手数料(但し、建物紹介料名目)として右契約締結日である平成五年一一月三〇日、城西商事株式会社から六一万八〇〇〇円(但し、六〇万円が仲介手数料分、一万八〇〇〇円が消費税分)を、右建物建設工事請負契約の決済日である平成六年四月三〇日に支払う旨の被告宛の支払約定書の交付を受け、右西村両名から九二万七〇〇〇円(但し、うち九〇万円が仲介手数料分、うち二万七〇〇〇円が消費税分)のうち四六万三五〇〇円(但し、うち四五万円が仲介手数料分、うち一万三五〇〇円が消費税分)については右契約締結日である右同日に、うち四六万三五〇〇円(但し、うち四五万円が仲介手数料分、うち一万三五〇〇円が消費税分)については右決済日である平成六年四月三〇日に支払う旨の被告宛の各支払約定書の交付を受けたことも争いがない。

そして、証拠(〈証拠・人証略〉)によると、被告は、右各支払約定書に基づき、土地売買契約についての仲介手数料として、この契約締結日である平成五年一一月三〇日、右西村両名から一〇六万六一〇〇円の支払を受け、決済日である平成六年一月三一日、城西商事株式会社から一三八万二二六〇円、右西村両名から一〇六万八六九〇円の各支払を受け、建物建設請負契約についての仲介手数料として、この契約締結日である平成五年一一月三〇日、右西村両名から四六万三六〇〇円、右決済日から遅れた平成六年六月三〇日、城西商事株式会社から六一万八〇〇〇円、右西村両名から四六万三五〇〇円の各支払を受けたことを認めることができる。

以上の事実によると、被告は、本件甲の契約が原告の仲介行為によって成約するに至ったか否かの点は置くとしても、被告の仲介行為によって成約し、約定仲介手数料の支払を城西商事株式会社及び西村両名から受けたということとなる。

2  本件甲の契約が原告の仲介行為によって成立したか否か。

証拠(〈証拠・人証略〉)によると、次の事実を認めることが出来る。

被告は、平成五年一〇月ころ、不動産仲介物件の紹介を新聞折り込みのチラシによって広告をしたところ、同月三日、西村両名から問い合わせがあった。そこで、被告は、右の営業担当者を原告とし、以後、原告が右西村両名との折衝に当たることとなった。原告は、当初、右両名を右広告物件に案内したが、成約するに至らず、そこで、さらに他の物件を案内し、約一五件の物件を案内したところで漸くにして本件甲の契約を成約させるに至った。

右認定事実によると、本件甲の契約は原告の仲介行為によって成約に至ったものということができる。

ところで、被告は、原告は不動産仲介に関する知識・経験に乏しく、本件甲の契約も上司の補助者的な立場において仲介業務を担当したに過ぎないのであるから本件甲の契約についての仲介行為をなしたとはいえない旨主張し、被告代表者も同旨の供述をする。

しかし、被告の右主張及び被告代表者の供述は、被告は原告を歩合給の営業社員として前記雇用条件の下で採用したことと矛盾しているばかりか、原告は、右に認定したとおりの仲介行為をなして本件甲の契約を成約するに至らしめたのであり、このことは仲介業務の中心的業務であるということができるから、採用することができない。

また、被告は、被告の仲介業務は建物建築条件付土地売買契約にあたったのであり、建物の竣工引渡しの完了までになすべき多くの設計や仕様の変更等の業務に携わって仲介業務をしたといえるところ、原告は本件甲の契約成約後、住宅ローンが確定し、建物建築に取りかかった段階で退職したのであるから、仲介業務をしたということはできない旨主張し、被告代表者も同旨の供述をする。

しかし、原告が被告に対し歩合給を請求することができるためには、仲介手数料が入金されることと、当該支給対象契約の停止条件が解除されることの二つの要件が充足されることによってであることは前述したところから明らかであるし、このようなことから被告は原告に対し本件甲の契約についての一部歩合給を支払っていることを理解することができる。

被告の主張する様々な顧客対応は、被告の営業の在り方としては十分首肯することのできるところではあるが、原告がこのような顧客対応をしなければ歩合給が発生しないということはできず、建物の設計変更は施主と請負人との間の問題であって仲介行為の要素とは考えられないし、仕様の変更についても同様である。

なお、原告は、平成五年一二月から約六〇日間交通事故のために入院し、その後は通院していたために被告の期待するとおりの業務を遂行することができなかった(原告及び被告代表者の各供述)のであるが、このことは原告の健康上の理由によることであるからやむを得ないということができるし、また、原告の退職に関しても原告は被告代表者の執拗な退職の求めに抗しきれずにやむなく退職せざるをえなかった(原告の供述)のであるから、原告の退職を原告に責任があるかのように考えることはできない。

したがって、被告の右主張及び被告代表者の供述も採用しない。

そうすると、被告は原告に対し、本件甲の契約成約の仲介行為による約定歩合給及びこれに対する原告の主張する遅延損害金の支払い義務がある。

二  中藤建設株式会社と山内一・山内享子との土地売買契約及び建物建設工事請負契約(以下「本件乙の契約」という。)の仲介契約について

1  本件乙の契約の成立と仲介手数料の支払について

本件乙の契約は、原告の仲介行為によって成約するに至ったか否かの点は暫く置くにしても、被告の仲介行為によって成約するに至ったことは争いがなく、原告は、営業担当者として右同日、中藤建設株式会社から本件乙の契約のうち土地売買契約についての仲介手数料として一〇三万円(但し、うち一〇〇万円が仲介手数料分、うち三万円が消費税分)を右売買契約の決済日である同年一〇月三〇日に支払う旨の被告宛の支払約定書の交付を受け、山内一と山内享子から右土地売買契約についての仲介手数料として及び建物建設工事請負契約についての仲介手数料として一九八万七七九九円(但し、うち一九二万九九〇二円が仲介手数料分、うち五万七八九七円が消費税分)のうち一〇三万円(但し、うち一〇〇万円が仲介手数料分、うち三万円が消費税分)については右契約締結日である同年三月一〇日に、うち九五万七七九九円については(ママ)(但し、うち九二万九九〇二円が仲介手数料分、うち二万七八九七円が消費税分)については右決済日である同年一〇月三一日に各支払う旨の支払約定書の交付を受けたことも争いがない。

そして、証拠(〈証拠・人証略〉)によると、被告は、仲介手数料として、右各支払約定書に基づき、中藤建設株式会社から同年九月二七日に一〇三万円、山内両名から右契約締結日である同年三月一〇日に一〇三万円、同年九月二七日に九五万七七九九円の各支払いを受けたことを認めることが出来る。

2  本件乙の契約が原告の仲介行為によって成約するに至ったか否か。

証拠(〈証拠・人証略〉)によると、次の事実を認めることができる。

被告は、平成五年九月ころ、不動産仲介物件の紹介を新聞折り込みのチラシで広告したところ、同月五日、山内一及び山内享子から問い合わせがあり、この営業担当者として原告以外の社員が割り当てられた。しかし、同社員は山一(ママ)両名との間で成約するに至らなかったので、約一か月経過後に原告が山内両名に電話をして営業活動をするようになった。原告は、以後、山内両名に対し、約一か月間に亘り仲介物件として約三〇件を紹介し、漸くにして本件乙の契約を成約するに至らしめた。

右認定事実によると、本件乙の契約も原告の仲介行為によって成約するに至ったということができる。

ところが、被告は、本件乙の契約に関しても本件甲の契約に関してと同様の主張をして争っているが、この点については本件甲の契約に関して述べたと同様の理由によりいずれも採用できない。

そうすると、被告は原告に対し、本件乙の契約成約の仲介行為による約定歩合給及びこれに対する原告の主張するとおりの遅延損害金の支払い義務がある。

三  未払賃金六万円について

被告が原告に対し支給すべき平成六年四月分の賃金から六万円を控除したのは前記被告の主張する理由によったことは被告代表者の供述するところである。

そうすると、被告の右控除は被告の原告に対する損害賠償請求債権をもって原告の賃金と相殺決済したこととなるのであるから、これについて原告の同意のない(この点は争いがない。)本件にあってはその効力を主張することはできない。

したがって、被告は原告に対し、右未払賃金六万円とこれに対する原告の主張する遅延損害金の支払義務がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

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